「©黒物合体家電」全盛期~ラテカセの頃~

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本編デス!

ジャッカル

この製品、今でも実家の農作業小屋で現役デス・・爆!



さて、「©黒物合体家電」という造語の意味を説明しましょう。

「白物家電」はご存知の様に、洗濯機、冷蔵庫、クーラー等「白い色」が多かった
家電の事で、「生活必需品」的な家電の総称ですね。
「黒物家電」は「白物家電」に対する後発的な造語で、ラジオ、ステレオ、テレビ、カメラ等
嗜好性があり、「趣味・娯楽家電」の総称です。勿論、当時「黒い色」の製品が多かったのデス。

そして、「合体家電」とは・・
合体家電
文字通り、複数の製品の機能を併せ持つ家電の事でありまして、この造語は以前からあった様です。

私としては、家電を一括りにするのでは無く、「白黒ハッキリ」させたかったので・・
敢えて、「©黒物合体家電」・「©白物合体家電」と分類したのデス。爆!!

「©白物合体家電」には、掃除機に空気清浄器が付いた製品がありますね・・
高機能の電子レンジや、乾燥機付きの洗濯機もそのひとつでしょう。

「©黒物合体家電」のはしりと言えば、ラジカセでしょうかね・・
そして、ポータプルBCLブームが去り、次に子供達の憧れの的となった製品が
この「ラテカセ」でした。
日立見聞録62-2

ヴィキペによりますと・・

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ラテカセは、1970年代後半から1980年代前半まで発売された
ラジオ、テレビ、カセットデッキの3機能が一体となったオーディオ機器である。

「ラテカセ」の名称は「ラジオ・テレビ・カセット」の合成語で
日本ビクターが命名した名称である。
ラテカセを最初に製造したのは松下電器産業(現・パナソニック)で、
1972年に初代の商品が発売された。

おおむね、メーカーごとに愛称が制定されており、
ソニーではジャッカル(jackal)、日立製作所では見聞録(けんぶんろく)
の愛称で呼ばれ販売されていた。
また、東芝やシャープではマイクロカセットレコーダー内蔵機種も存在した
(東芝の物はレコーダー部は取り外し可能)。
アウトドア、旅行、行楽などでどこでも持ち歩けるため、
当時は社会現象になるほどの大ヒット商品となった。
価格は発売当時6万円から15万円と大変高価であった。

1981年に日本ビクターからカラーテレビ付きの進化したラテカセが誕生。
機種形式 CX-50でカラカセの愛称で呼ばれていた。
ラテカセは1984年までに1,000万台の生産数を記録したが、
1987年にすべての製品が生産終了した。

ラテカセが流行した当時は、深夜番組の全盛期でもあり、
若者が枕元でラジオを楽しむ嗜好にテレビが加わる事で、
ラテカセの存在感が大きくなった。
これは、ただ単にテレビを枕元で楽しむスタイルのみならず、
深夜に枕元をほのかに照らす小さな画面が、孤独に深夜番組を楽しむ若者の心を癒し、
寝床を自分の城とする満足感をも与えた事は大きい。

尚、前述のように、ラテカセにはAV入力端子(特に映像端子)
を装備しておらず、ビデオ映像のモニター専用機とする余地さえなかった
(当然、地上デジタル放送もチューナーが接続できないので視聴不可)。
これが後々の家庭用ビデオの普及から切り離され、
ラテカセは過去の歴史として幕を下ろす事となる。

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ラテ66

FR-6600のBCL市場での苦杯を舐めた日本ビクターは、新たなカテゴリで躍動します。
「ラテカセ」という呼称はビクターが命名したモノでしたが、以来このジャンルの製品
の総称となるのです・・
まるで、「ラジカセ」を命名したパイオニアの様にこの世界の製品開発をリードして行きます。

ラテ88

さて、現段階の「ヴィキペ」の解説には少し補足と訂正が必要デス・・

「1981年に日本ビクターからカラーテレビ付きの進化したラテカセが誕生。
機種形式 CX-50でカラカセの愛称で呼ばれていた。」

これを「カラカセ」と命名した事までは事実ですが・・・

↓実はこのCX-50のカタログ、昭和53年(1978)10月の物です。笑!
カラ50
↓拡大しましょう
カラ50 - コピー

私が所有する日立カラー見聞録も、1978年7~12月製ですから、おそらくそれより先に
ビクターから「カラカセ」がdebutしていたと考えるのが自然でしょう。

カラ50-2

つまり、1978年の初旬~中旬頃ではないでしょうか・・・

カラ50-3
、「深夜に枕元をほのかに照らす小さな画面が、孤独に深夜番組を楽しむ若者の心を癒し、
寝床を自分の城とする満足感をも与えた事は大きい。」
という記述デスガ・・

当時、少なくとも私の周りにこんな製品を持っている子供はいませんでしたね・・何しろ高価過ぎ!!
そして、テレビは一家に一台の時代。特に深夜に子供がテレビを観るなんて大胆不敵な行為は、
とんでもないとされた時代でしたから・・・爆!!
(成人向けの番組を深夜帯に放送する事で青少年の視聴を防ごうとしていた時代。)
「若者」といっても、当時の極一部のリッチな単身ヤングアダルトか、大半は、おやじ様達の
黒物合体家電だったのデスよ・・オソラク。

更に補足しますと・・・
「おおむね、メーカーごとに愛称が制定されており、
ソニーではジャッカル(jackal)、日立製作所では見聞録(けんぶんろく)
の愛称で呼ばれ販売されていた。」
の箇所ですが・・

Nationalトランザム

シャープはリンクス(LYNX)、松下(National)は、当時タレントとしても人気のあった
高見山をCMに起用し、トランザム(TransAm)の愛称で親しまれ、東芝はGTシリーズで参戦した。
GTシリーズは、当時の人気番組ベルトクイズQ&Q 夏休み子供大会優勝賞品であり、
優勝者が嬉しそうに商品を貰うシーンに多くの子供達が溜息をついた・・・

押坂
押坂忍さん

・・・なんて解説があれば、もっと現実味と郷愁をソソリマスねぇ・・爆!!

ダメ出しついでに最後の箇所・・・

「尚、前述のように、ラテカセにはAV入力端子(特に映像端子)
を装備しておらず、ビデオ映像のモニター専用機とする余地さえなかった
(当然、地上デジタル放送もチューナーが接続できないので視聴不可)。
これが後々の家庭用ビデオの普及から切り離され、
ラテカセは過去の歴史として幕を下ろす事となる。」
ですが・・・

SDIM0744
SDIM0744 posted by (C)Vさん

近年、一部のレトロ家電マニアの間でRFコンバータを自作して、
それをデジタルチューナーに接続して放送を愉しむという趣味が確立されている。

SDIM0746
SDIM0746 posted by (C)Vさん

主流は、任天堂のファミリーコンピューターのRFコンバータを改造したり、
防犯カメラ用の物を流用したりするのだが、

SDIM0748
SDIM0748 posted by (C)Vさん

特別難しい電気回路系の知識も必要なく、比較的簡単に作成できるので、
その世界ではかなり普及している技術である。

SDIM0743
SDIM0743 posted by (C)Vさん

この方法を使えば、ラテカセは勿論、真空管のテレビでさえ視聴可能である。

)


爆!!

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