虹と雪のバラード

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トワ・エ・モワ (Toi et Moi) は、日本の歌謡ポップデュオ。
1969年にスクールメイツのメンバーだった山室英美子と、
歌手志望だった芥川澄夫の二人で結成。

渡辺プロダクション(現ワタナベエンターテインメント)より、
『或る日突然』(東芝音楽工業/1969年5月10日発売)でデビューし
これが大ヒットとなる。



以後、日本放送協会の『あなたのメロディー』から生まれた「空よ」、
1972年の札幌オリンピック のテーマ曲である「虹と雪のバラード」、
「誰もいない海」「初恋の人に似ている」「地球は回るよ」「愛の泉」など
数多くのヒット曲を出し、1960年代後半から1970年代前半にかけて
流行した和製ラウンジ系ポップの先駆けとなった。

同世代にフォークソングシンガーが多く、また、フォークシンガーとの
セッションなどの仕事も多かったために誤解されやすいが、
フォーク・グループとして売り出したわけではなく、
フォーク的な楽曲も皆無に近い。
この辺りの事情はハイファイセットと似通っている。

その後、グループは1973年6月に解散した。
ただし、1985年3月、NHKのあなたのメロディーの最終回に於いて
同番組内限定の再結成をするなどの活動記録はあった。

解散から約25年の時を経た1997年8月、『思い出のメロディー』(NHK)
に出演して「虹と雪のバラード」を歌う。
これを契機として再結成することとなり、翌1998年の長野冬季五輪の際、
志賀高原(長野県)で行われた長野オリンピック記念イベント出演を皮切りとして、
本格的にトワ・エ・モワとしての音楽活動を再開して現在に至る。

byヴィキペ

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青春の影

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「青春の影」(せいしゅんのかげ)は、
1974年6月5日に発売されたチューリップの通算6枚目のシングル。


「心の旅」から、しばらくアイドル路線を走っていたチューリップが、
そのイメージを払拭し、自分達が目指していた本来の音楽に路線修正
するために発表したバラードナンバー。アルバム『TAKE OFF(離陸)』
からのシングルカットだが、テイクが異なっている。

青春の影

この曲のリリースに周囲は大反対だったというが、ビートルズに倣って
基本的にシングル曲はアルバムに入れないというコンセプトに反してまでの
メンバーの固い意志により、発売が決定した。
ボーカルもそれまでの姫野達也から財津和夫へ変更している。
結婚式などで歌われることも多いが、
別れの歌とも始まりの歌ともとれる内容である。
JASRACのデータベースによれば、副題は「I'll always remember you」である。

財津によると、「歌詞はビートルズの「The Long And Winding Road」
をモデルにした」としている。

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花嫁

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「花嫁」(はなよめ)は、はしだのりひことクライマックス名義のファースト・シングル。
1971年1月10日発売。発売元は東芝音楽工業(現:EMIミュージック・ジャパン)。

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ギターのイントロから始まる、70年代フォークソングを代表する楽曲のひとつ。
ヴォーカルは、藤沢ミエ。
暗いイメージのある駆け落ちを明るく前向きに表現した楽曲である。
1971年2月15日・22日付のオリコン週間ヒット・チャートで
2週連続第1位を獲得したほか、同年の年間ヒットチャートで第7位を記録した。
累計売上はミリオンセラーを記録。

本シングルのヒットにより、大晦日放送の『第22回NHK紅白歌合戦』
に初出場を果たした。
メイン・ヴォーカルが女性の場合、リーダーや他メンバーが全員男性でも
紅組になることが多いが、本グループは白組として出演した。
紅白での歌唱映像は、民間放送で本楽曲が紹介される際に貸し出されることがある。

多摩地区にある家具店「村内ファニチャーアクセス」のコマーシャルソングに
起用されていたことがある。

byウィキペ

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冷たい雨

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ハイ・ファイ・セット (Hi-Fi Set) は、日本のコーラスグループ。1974年結成、1994年解散。

フォークグループ「赤い鳥」が路線上の違いから1974年9月に解散。
「赤い鳥」のメンバーだった山本潤子(旧姓、新居潤子。1973年4月メンバーの山本俊彦と結婚)、
山本俊彦(1947年2月23日 大阪市出身)、大川茂(1945年9月6日 三重県出身)
の3人が同年10月に結成した。グループ名は細野晴臣の案による。

冷たい雨

1975年、「卒業写真」(、編曲:服部克久)と同名のアルバムの
同時リリースでレコード・デビュー。

以降「冷たい雨」「朝陽の中で微笑んで」など、荒井の曲を数多くヒットさせ、
後に松任谷自身のセルフ・カバーにより人気を引き上げる役割を果たした。

byヴィキペ

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遠くへ行きたい

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『遠くへ行きたい』(とおくへいきたい)は、読売テレビを制作局として
日本テレビ系列で放送されている紀行番組。
1970年(昭和45年)10月4日放送開始の長寿番組である(一部地域のみ字幕放送)。

当時の国鉄のキャンペーン『ディスカバー・ジャパン』の一環として1970年10月4日に、
永六輔の単独出演で放送を開始。開始当初のタイトルは「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」。
放送時間は毎週日曜日の午後10時30分 - 11時00分(1976年3月28日まで)だった。
旅番組で有数の長寿を誇っており、2010年10月に放送開始40周年を迎え、
また同年3月28日放送分で放送2000回を迎えた。

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番組のテーマ曲「遠くへ行きたい」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)は、
元々は1962年にNHKの『夢であいましょう』の今月の歌としてジェリー藤尾が歌った曲だったが、
この番組ではデューク・エイセスが歌った。
その後、時代とともにさまざまなジャンルの歌手に歌い継がれている。
なお、尺八で演奏されたインストバージョンもあり、こちらも番宣CMや永のラジオ番組
『誰かとどこかで』(TBSラジオ)等で使用されている。

旅した都道府県ベスト10
1位 北海道 111回
2位 長野県 110回
3位 静岡県 82回
4位 京都府 80回
5位 新潟県 68回
6位 青森県 56回
7位 兵庫県 54回
8位 長崎県 51回
9位 奈良県 岐阜県 49回
※第1740回まで

byヴィキペ

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